玉の世界を書き出したとこで、敢えて体の世界を書きたい。
玉の視点から見る体の世界とでも言うか。
皆、世間に、人に、合わすのに苦労してると思うが、
これも、能力、才能を自己と同一視することからくるのだ。
まあ、まさにそれが体の世界に生きる者の当たり前であるが、
どうしても、体を元に、自己を形成してから、
合わせるという遅れた対応をしてるのだ。
玉が自己なら、体のどれもが自己ではなく、
能力、機能なのだということが分かる。
体の存在が可能性であり、
その体ならではの能力があるということ。
体は、自己ではなく、適合そのものなのだ。
動物体なら動物体界に既に適合しているのだ。
植物体なら植物体界に。
合わせるも何もね。
1つの適合としては、もう大正解だ。
適合出来てる。
しかし、それでもって人間体界に適合しようとする。
はなっから無理がある。
だったら1番、6番を能力として発達させる。
それ自体が適合だ。
自己ではなく、能力として合っている。
合わせるという労もない。
体を増やせばいい。
皆にもっと分かりやすく言うなら、
自己を増やせばいい。
体の指導は、適合を増やすとも言える。
能力開発としてるのも、その体じゃないと出来ないから、
体をノックして体を目覚めさして、使えるようにするわけだ。
社会は、自然と、1番、6番のノックになりがちだ。
素直に叩かれりゃ~そこが発達する。
しかし、動物体や、植物体、エーテル体や、ガイヤとして、
自己規定して、それで受けてるので、
ノックされない。そこの機能が発達しないし、使えない。
社会適合が難しくなる。
したとしても、レベルを下げられたような屈服感や、
不本意な感じや、つまらなく、シラけたようになったりする。
適合出来ない、ってことになる。
でも、実は、自己規定して、拒んでるだけ、
もしくは、合いもしないもんで合わそうとしてるだけ。
実際、ノックしても他の体が使えないのは、
いちいち自己規定してる体経由でやろうとするからだ。
仕方なくもある。
体は、その人の発想、行動、動作、感じ方の本体だから。
別の体のみ使えばいいのだが。
今回の事も、玉の視点があると分かりやすいし、出来る。
体の理論も、体の世界レベルで作られたものではない。
丸ごと解って理論化するには、
少なくとも2段階は上からでないと出来ない。
つまりは体の理論も、玉の理論より上から創られている。
そういうことだから、分かる方へ進んでいる場合じゃない。
もっと高さも、深さも、幅も、密度も、濃度も、質感も
上げてけるんだ。
例えば、雑なとこを使って丁寧にするより、
微妙なとこを雑に使った方がいい。
というか、全く違うことなんだ。
僕自信も含め、何か生きにくいなら、
何か間違いがあるのだろう。
でもそれは、その何かを発見する機会でもある。
さてと、自分の課題に取り組むかな。
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