大体、どっかが痛いってのは、
腰だとか、膝だとか、肩だったり、
部分である。
何でそこが痛いかっていうと、
当人がどう思ってようと、
そこにやたら頼っているというコトだ。
悪く言うと、そこに仕事を押し付けて、
サボってるとも言える。
痛くなるのも当然で、
痛みは、それ自体が悪いのではなく、
何か間違いがあることを知らせている。
僕のとこでは、ぎっくり腰で来た人が、
普通に動いたりする。
普通というより、
普段よりいい動きをする。
その間は痛くない。
普段の感覚に戻ると痛い。
部分が痛いのだから、
部分を全部無くせば、
痛いとこはなくなる。
この部分を無くすってのが、
脱力であって、
そのためには、全てを入れる。
程度の問題ではなく、
部分は力みで、
力みだからこそ痛める予約になっている。
全てが入っていれば、
腰も全てで100%の内の1に過ぎず、
その状態で移動出来るのであれば、
痛いはずもない。
膝に水が溜まり、抜いてもらっても、
また溜まって抜いてもらうってのは、
治したのかもしれないが、
直ってない。
体は勝手に、膝の代わりに潰す処を探す。
よく痛みが移ると言う。
どの部分でも8割の負担をするのと、
1だけでいいのでは大違いだ。
運動とは、腰であるとか、
中心でバランスを取った上で、
体内での部分負担の移動で、
時間軸で観れば、
どの瞬間にも壊す可能性がある。
運動回路は、現実対応の、
とりあえずの間に合わせであって、
必ず、何かしら出来る代わりに、
劣化する。
部分を無くすという意味では、
熱を出す方が、
どんな施術師よりいい。
部分が熱を持っているのと、
全体を均一化する発熱では、
全く違っていて、
普段より、発熱時の方が、
いい状態だ。
当人は嫌だろうが、
全体が均一だ。
逆に言うと、
発熱も必要としない、
全てを入れるってことは、
みんな嫌がることで、
自然にはしない。
かといって、人工にも創れない。
部分に頼る以前で止めて、
守らず、攻めないと。
自然に守っちゃうのだ。
全てであるまま、移動出来るってのは、
平たく言うと、達人だ。
その状態と、その状態の活かし方だ。
運動のように、体内で部分負担が移動しない。
外部空間を、運動せずに移動する、
でない限り、どっか痛くなる。
してる通りになる。
痛めることばかりしているものだ。
楽という感覚と、実際に楽ということが、
必ずしも一致していない。
脳はあらゆる手を使って、己を騙す。
それでも自分の感覚で動きたいのが、
人間だ。
達人にならないようにする。
達人になるのは大変だと思うのも、
騙されてるわけで、
てめえに達するのは、
誰にでも可能だ。
達人というものになるのではない。
達人になろうとした人達は、
ことごとく失敗しただろう。
勘違いから始まってるからね。
みんなが嫌がる方に可能性がある。
そうじゃない方は凡庸に向かってる。
それが自然だ。
痛みの根源、本質については、
いずれ書きたいと思う。
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